T4-HOUSE

03 我が家でごはん  「我が家で梅干しを作りました」

2003.09.10
初めて梅干し作りに挑戦した。
小田原の実家の庭には梅の木が3本あり、毎年たくさんの梅の実がなる。
今年6月初めに実家に行ったとき、青い梅がたくさんなっていた。
この時期になると祖父と祖母が、梅干しや梅酒を作っていたが、その祖父は昨年秋に亡くなった。
「今年は誰が作るの?」と家族に尋ねると、今年は誰も作らないのだという。
小田原は梅干し発祥の地だ。
しかも実家の梅の木は、亡き祖父が30年以上も毎日丹精込めて手入れをしていただけに、とても立派だ。
祖父は小田原市のマークにもなっている梅の花が好きだった。
そして、梅の実はもっと好きで、彼が生前88歳で自主制作出版した短歌の本のタイトルもずばり「梅の実」だった。そんな祖父の梅の実への深い愛情を知りながら、このまま梅の実が落ちるのを黙ってみているわけにはいかない。
私は祖父の梅の実への思いを受け継ぐべく、梅干しを漬ける決心をした。
早速私は父と一緒に梅の実を収穫した。
3キロほど家へ持って帰ってきた。
力のない私が電車で運ぶには結構な重さだった。
さて、家に持って帰ってきたものの、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
こんなことなら去年一緒に教わればよかったと思うのだが、教わりたい時に師は無し、である。とりあえず実家に電話して祖母から教えてもらった。更にインターネットや手持ちの本で調べた。
まず、ひとつひとつ丁寧に洗った梅を、バスタオルをひいた大きなテーブルの上に並べて、ひとつひとつ水気を拭きながら実の付け根のプチッとしたのを竹串で採る……。
夫も手伝ってくれて、自己流ではあるが梅酒を2びん、梅干し1びんを無事漬け込んだ。
さて、次にこれらの瓶をどこに保存したらいいか、ということになったが、都合のよいことに我が家には床下収納がある。
1階のウォークインクローゼットの床下収納は大人がゆうに入れる深さになって、湿度もほどよくワインセラーの役割も果たしているため、我が家では酒類をすべてここに入れている。
家を建てる時、私たち夫婦は床下収納はいらない、と言っていた。
しかし山嵜さん堤さんから「あると何かと便利だ」とアドバイスされ、作ることになった。それは実際その通りだった。
小田原からやってきた梅はこうしてめでたく我が家の床下収納に収められた。
梅干しは梅雨明けすぐの晴れた日から土用干しをする。
今年の梅雨はいっこうに明ける気配がなかったが、8月に入ってようやく真夏の太陽が顔を出した。
梅干しを干す絶好のチャンス。
夫が梅干しのびんを床下収納から出した。
びんの中にはしっとりと梅酢につかった梅干しがあった。
屋上に出ると青い夏の空が広がっていた。太陽は眩しく、そして果てしなく暑い。
私は帽子をかぶりタオルを首に巻いた。私は梅干しを一粒、一粒丁寧に持ち上げ、ざるの上に並べた。祖父の梅は立派だなあ、と感心しながら黙々と単純作業を続けていると汗が吹き出てきた。
やっと出番が来ましたとばかりにセミの大合唱が辺りに響いていた。
とにかく暑かった。
私は梅干しを干すということは、こういうことなのだと思った。
そして、私はその単純作業の中で少し祖父の気配を感じたような気がした。
その日の夕陽は格別美しかった。
夫と私は、カンパリソーダを片手に屋上で太陽が沈む様子を眺めた。
ざるの上の梅干しは表面に塩を吹いていた。
夕陽に照らされたそれらの梅は、ひとつひとつがまるで宝石のように輝いていた。
屋上ってすごいなあ、とその存在にしみじみと感謝をした。
翌朝屋上へ上がると梅干しは夜露を含んでしっとりとしていた。
少し日が高くなってから、ひとつひとつをひっくり返した。
二日目も暑い一日で雨の心配もなくホッとした。
問題は三日目の月曜日だった。雲行きが怪しいうえに月曜日、つまり勤めに行かなければならない。
梅干しを屋上に置いたまま、万が一、雨が降ったら大変だ。
しかし、梅干しのために急きょ会社を休むわけにもいかない。
困った。
まてよ、我が家にはトップライトがあり、屋上の階段は天井から日が射すではないか。
室内に干せばいいのだ!と思いつき、梅干しのざるは、屋上から屋上に上がる階段に移動された。
これで安心して出かけられる。
帰宅して梅を確認すると、しっかりと陽射しをあびた梅が、「私はもう梅干しですよ」と言っているようであった。
試しにひとつかじってみた。
味はしっかりと梅干しだった。
塩気が胸にしみた。
土用干しは上手くいったようだ。
梅をかめに移し、床下収納へ保管した。
一年後くらいには食べごろになっているはずだ。
床下収納を開けたついでに、夫が梅酒のびんを出し、こちらの様子もみることにする。
梅酒とは2ヶ月ぶりのご対面。
ホワイトリッカーと氷砂糖を含んで一回り大きくなった青い大きな梅の実が、びんいっぱいにゆらゆらとうごめいていた。
それは息を呑むほど立派だった。
梅の実は、市販の “なんとかの梅酒”とは比べ物にならないくらい大きかった。
夫は床下収納での保存状態がよかったに違いない、と満足気に言った。
こちらは9月中頃くらいから飲める予定なのでとても楽しみだ。
それにしても祖父が小田原で大切に育ててきた梅が、東京の我が家で梅干しや梅酒になるなんてなんだか不思議だ。
屋上や床下収納の存在がなかったら、トップライトがなかったら、多分今回のように梅干しを作ろうとは、きっと思わなかっただろう。
梅はきれいな花を咲かせたあと実がなり、その後梅干しのような保存食になった場合、さらに100年でも生き続けることができる。
梅の実は生命力が強く、とても奥が深いということを、私は今回梅を扱うということを通して実感した。
そしてどうして祖父が「梅」ではなく「梅の実」に惹かれていたのか少しわかったような気がした。
びんに残った梅酢は、小ビンに移して「ソルティー梅エキス」と名づけた。
これがなかなか美味しい。
味は濃いけれど少量をドレッシングのように使うことができる。

ソルティー梅エキス

 · さらし玉ねぎの上にかけてかつお節をのせて
 · 谷中生姜をつけこんで
 · サラダの上からドレッシング代わりに
 · きゅうりをたたいて、その上からかけて即席つけもの
 · 疲れたときにグラスの水に少し垂らして梅水 ( うめすい ) を
 · しゃぶしゃぶの肉にかけて
梅干しはやけどやケガなど傷口に当てると治りが早いなど、食べるだけでなく万能薬だ。
こんな保存食を発明した日本人ってすごいなあと、日本人であることを誇りに思う。
これで天候不順な今年も夏バテ知らず。来年はもっと上手につくれたらいいなと思う。
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