U2-HOUSE

04 家をたてました

2003.02.05
内側から作る家がある。しかし我が家は箱だ。それほどまでに欲望を突起させてはいない。後は自分達で限られた空間に色を付けて行く事になる。インテリアの事ではない。生活と言う事だ。アール · ド ·  ヴィーブル。
会話や音楽、夢や思考。
食卓に花でも添えてワインに建築を   ヴォートル サンテ ♪

VIN

今回はちょっと脱線します。
VIN、言わずと知れたフランス語でワインのこと。ワインブームもすっかり終わったが、廃れるどころか日本に定着した感のあるワイン。日常生活にイタリアンやおフランス料理が入ってくれば、その一部であり、あんなにおいしいものに人々の興味がいかないわけがないというものだ。
僕もご多分にもれず、そんな日本人の典型的食生活の変化と伴にVINとお付き合いを始めたうちの一人。おそらく一般の日本人において最初のワインは赤玉ポートワインではなかっただろうか。はちみつを溶かしたように甘く、ジュースのお酒と言った感覚だ。これはちっさな時、なめさせてもらった記憶がある。それからしばらく経てマテウスロゼ ( ポルトガル ) 、マドンナ ( ドイツ ) 、それに日本の酒造メーカーからでたバッティングワイン ( サントネージュ、ポレール、メルシャン、サドヤもの<cf.シャトーレアルドール「南仏もの」はなかなかいいよ、シラーぷんぷんです。>等であろうか、大学生の頃から食事といっしょにやりだした。そんなに記憶のいい方ではないが白ワインはサッポロポレールで十分たのしめたが赤となるとなかなかいいものは口に入らなかった ( しょせんアルバイト銭しか持ち合わせていなかった ) 。大手メーカーのAOC ボルドーなんて当時2000円以上したのに酒店の保存のしかたも分かってない時代だからほぼいかれているものばかりだった。好きになれないのも当たり前だ。そんな中でもエグリ · ビガーベル ( 雄牛?マークがついてる ) は安くておいしいハンガリー産赤ワインで、僕の貧弱なワインリストにあった。あの有名なシャブリでさえろくな状態のものは少なかったのではないだろうか。その後直ぐにフランス料理では赤ボジョレー、白シャブリ、ロゼアンジュの時代が来る。イタリアンでは赤キャンティー ( ルフィーノ社物;藁でボトルが覆われているやつ ) 白オリビエント、フラスカッティ、ガビ,ソアべあたりか。その後自分で若干稼げる様になり、広尾のナショナルマーケットや明治屋辺りを探り始めた。その頃は酒屋も訳が分からなかったのかドイツのラインヘッセン物の安酒と一緒に店のワインカーブに取り残されていた1万円のシャトーディケム66やシャトーマルゴー、シャンベルタン ( カミュ ) など掘り出しものを見つけては買い漁った。驚くほど状態はよく、あの感激は今でも忘れない。その頃はまだまだ酒屋自体もなかなかいい店は少なく、町を歩いてふらりとのぞく感じで酒屋を見つけて行った。銀座屋酒店もそんななかのひとつだった。若旦那の銀次郎さんもその当時ワインに興味を覚えて、お父さん ( またはお姉さん ) の様子を伺いながらワイン販売を始めたところだったのではなかろうか。そこにはボジョレーではなくフルーリーやモルゴンやムーランナバンがあり、シノン ( レコールもの ) やシャトーヌフジュパブ ( シャトーレイヤス ) があり、ボルドーものではシャトーラモットベルジュロンがあった。80年代半ばの話だ。
今の僕の酒屋リストも当時とたいして替わっていない。新しいワイン屋は沢山できているのだろうがあまり興味をそそられない。神田の和泉屋さんは辛口ドイツワインを独自のルートで入れている店。銀座屋酒店さんはブルゴーニュなら間違いない。平塚のセラー · デュ · ヤマカワさんはまさに恐るべし。 ( ジゴンダスにはやはり平塚の黒糖蒸しパン、それに安めのダナブルーチーズを合わせるといいと言ってパン屋まで教えてもらったなあ ) 。デパ地下も以前はよく行った。有楽町西武の地下の酒蔵 ( 西武の文化部門切り捨て政策と伴に消えた。 ) 、渋谷西武も今では新興ワイン屋 ( かなり頑張っていると思う ) が入っていますが、前は高くて買えないワインを眺めによくいったものだ。
なんだかワインの自分史になってきてしまったので歴史はこの辺でやめときますが ( つまりおやじの自慢話の様相ですから...ご希望があればフランス編、スペイン編もありますよ、がっはっは ) この20年の間、肝に命じてきたことはワインお宅にはなりたくないということだ。何がいやかと言うと、かっちょわりぃということだ。まじめに熱中されワイン関係者になられた方のことを言っているのではない。彼等はgoodだ。しかし一消費者のはずがワイン会やインターネットでわかった様なコメントをして、口論よろしくエゴイスティックに言い合う感じや、ワインは芸術品の様に鑑賞して、その解釈ができる自分が素敵とでもいいたいような様相、そういう事に警戒をしていた。ワインを覚え始めた時そういう空気を嗅ぎ分けた。それにワインお宅はワインしか見えなくなりやすく本当に大事な物を見落としてしまいがちだ ( 建築村の住人の方々もそんな感じしますが ) 。全否定はもちろんできない。虎穴に入らずんば...と言うのも一理あるし、またカッコをつけて距離を置き過ぎてしまうと結局はついていけなくなる。
ワインは基本的に仲のいい友達や家族と食事をする時のお伴ぐらいでいいと思う。あくまでも個人的なお付き合いで十分だ。魅力はあるのはよ〜くわかるけど、やりすぎるとやっぱり何か貧しい感じがする。たとえそれがドメーヌ · ロマネ · コンティやルロワやアンリ ジャイエやアルマン ルソーのビンテージ物のワイン会でも。
結局ワインのことを素人が多く語るとカッコワリィ人になってしまうドグマに落ち入ってしまう。建築もそうなのかもしれない。そういうのは夫婦の間ぐらいでとどめといた方がいい。それではこれでおしまい、ちゃんちゃん...としては何のために書き出したのか分からない。
VIN ( 建築 ) について嫌らしいが勇気を出してもう少し書こう。確かに圧倒的なワインはすばらしい。建築だったらミースやルイスカーン、コルビジェ、最近だったら、クールハウスとかまあそんなものか。VINにもきびしい階層があるがしかし安酒だからといってぜんぜん卑下することはまったくない。たとえば一般的なスパゲッティ ボロニェーゼ ( ミートソース ) には高級バローロやブルネロ · デ · モンタルチーノより柔かい安酒のバルドリーノやロッソ · デ · モンタルチーノのが合う。もっと言ってしまうとうまい。もちろんシャトーラトゥールをぜったい合わせたい人もいるだろうからそれは自由だけど、個人的には趣味の悪い成り金趣味って感じは否めない。圧倒的な建築はすごい、が、だからといって...。小さくても調和のとれた建築は美しくもあるのではと思ったりもする。
我が狭小住宅には地下にほんの小さなワイン庫がある。きっとこれからも肝臓さまが悪くならない限り食事のお伴としてVINは家にあるだろーなあということで基礎設計の途中で山嵜さんにファックスを送った。却下されるものが多い中、みごと採用と言う事になった。基本的なコンセプトとしてはほどほどの価格の寝かして美味しくなるものを飲み頃に飲むためのものと言う事になる。ワイン冷蔵庫を買うと言う方法もあるが何か余りに神経質ぽく、日本的お宅的って感じがするのでその考えは捨て、せっかくある地下を利用することにした ( 温度湿度設定等、冷蔵庫の方がクレバーなのかも知れないけど ) 。ワイン庫のコンディションは一年を見ないと分からないのに2000年物が市場の中心になりつつある今、おばかにも1999年物 ( 息子の誕生年 ) を少しずつ買ってしまう愚かな父なのであります。大人になっていっしょに飲もうなんて言う幻想はやっぱ愚か者です。
ではワインの魅力について最後に記そう。ベルギーに住む友達の建築家が言っていてハッとした事なのだが表参道に出来た有名ブチックを、あれは何かバターが足りない菓子の様だと。和菓子は確かにすばらしい、日本酒もすばらしい。がしかしダイナミズムと言う点ではいかにも小粒で所詮アジアの小さな国の嗜好になってしまう。それが日本、それで十分と言ってしまってもいいがワインはダイナミズム、横幅、そんなことを実感させてくれる。
今晩はブリッコ マンゾー二でマリオボッタの肴といたしましょう。
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